すみつくす
作:中村大地◎人物
〈シェアハウスの人々_現在〉
- 吉永朋美(60)
- 小説家だが最近は書いていない。半年前に入居してきた。
- 山本ひかり(18)
- 高校3年生、5歳の時からこの家にいる。
- 川口(28)
- 西村と恋人関係にある。
- 西村(24)
- 川口のパートナー。
- 梶本(37)
- 独身。シェアハウスに割合長居している。
- 町田(41)
- 近所に住んでる人。
〈12年前〉
- 宮地達夫(80)
- 若い頃建てた一軒家で一階を住まいに、2000年頃に自宅をシェアハウスとし、大家として同居していた。
- 操(享年78)
- その妻。
- 小俣綾子(52)
- その娘。結婚してから三重に暮らす。
- 宮地広大(46)
- その息子。東京に暮らす。
- 小俣雄星(27)
- 綾子の息子。
- 夏菜子(29)
- その妻。
- ひかり(7)ほか、シェアハウスの住人
◎場所
多摩郊外、一軒家を改築したシェアハウス。
◎時間
現在:3月下旬、金曜の夜。取り壊しが決まったシェアハウスで開かれるちょっとしたパーティー
過去:12年前の9月。達夫の妻、操の葬儀の前日と、火葬を終えて自宅に戻ってきた後。
凡例
〈動き〉、(省略される言葉)、[会話の主導権を持たない人の相槌]
注
- テキスト中に同じ人物の発言が連続することがあるが、これは誤表記ではなくやや文脈が前段からは変わったり、少し間が空いたりする、と言った意味合いで用いている。
- 一人の発言の最中に[]で括られる聞き手のセリフがあるが、これは会話中における発言権が聞き手([]に括られた人物)側に移行しないことを想定して書かれている。
第一幕
第1場 2024年3月
3月下旬、ある金曜日の夕方。多摩郊外の古い一軒家を元にしたシェアハウス。持ち主の老いに伴って土地を売りに出すことが決まっている。退去日はまだ確定ではないが、いずれみな出なくてはならない。この家に5歳の頃から暮らし続けていたひかりは、大学の合格に伴って引っ越すことが決まっている。今日は住人たちが集う最後のパーティー。リビングに続くキッチンではひとり、川口が炊飯器でピラフをつくろうとしている。
スマホを片手に、食材をひとつひとつ計りながらつくる川口。
梶本、現れる。
- 梶本
- お、なんかつくってる、
- 川口
- んー、
- 梶本
- なに、炊き込みご飯、
- 川口
- ピラフ、
- 梶本
- ピラフ、へー、
- 川口
- 炊飯器ピラフ、
- 梶本
- 炊飯器ピラフ、
- 川口
- そう〈目盛りを読むためにしゃがんでみる〉
- 梶本
- え、なんかすげえ、
- 川口
- すげえって?
- 梶本
- これ
- 川口
- うん、大体朋美さん、
- 梶本
- へえー、
- 川口
- うちらも手伝ったけど、
- 梶本
- そっか、
- 川口
- ピラフとかどうって、言ったらじゃあ、作ってよってなったの、
- 川口
- 慣れない作業、
- 梶本
- 飲む?
- 川口
- え?もう?
- 梶本
- もう、
- 川口
- この後、みんなで飲むのに?
- 梶本
- 無事納品できたんで、
- 川口
- おつかれー、
- 梶本
- 飲むためにやってたんだから、
- 川口
- そーね、
- 梶本
- 飲まない?
- 川口
- や、ちょっといったんピラフ終わってから、
- 梶本
- 了解、
- 梶本
- すげー風、外、
- 川口
- なー、
- 川口
- 春の嵐だ、
- 梶本
- 花粉症大丈夫なの?
- 川口
- 今日外出てない、
- 梶本
- なに、やばそうすぎて?
- 川口
- やばそうすぎて、窓も開けてない、
- 川口
- 〈ピラフをつくる手を止め〉かじもっちゃんも花粉症じゃなかった、
- 梶本
- それがあの、花粉症に効くお茶飲んでたじゃん、
- 川口
- (そうだった)飲んでたー、効いた?
- 梶本
- めちゃ効いた、
- 川口
- うそ、すご、
- 梶本
- ほんとめちゃ効いて、鼻も目も余裕で、
- 川口
- えー、
- 梶本
- 正直、マスクいらないもん、
- 川口
- すげえ、
- 梶本
- 快適、ほんと快適、
- 川口
- え、飲もうかな、
- 梶本
- でしょ、
- 川口
- うん、
- 梶本
- でもさ、[川口 うん]なんかこないだラジオからなんかCMで、CMだったと思うんだけど、当社のだしたお茶から禁止薬物が検出されまして、現在自主回収をしております、って言っててラジオで、[川口 え]それ、わたし飲んでるお茶だったの、
- 川口
- うそ、
- 梶本
- お客様には大変ご迷惑をおかけしますがお問い合わせいただけたら返金します、この度はほんとうにごめんなさい、みたいなこと言ってて、
- 川口
- えー、
- 梶本
- まじ、だから禁止薬物でわたしの身体はなんとかなってたらしい、
- 川口
- 悲しい、
- 梶本
- 悲しい、めちゃくちゃ効いてたのに、
- 川口
- じゃもう飲んでないんだ、
- 梶本
- うん、
- 川口
- 返品したの?
- 梶本
- してない、
- 川口
- そうなんだ、
- 川口
- え、鼻は?
- 梶本
- 今?
- 川口
- 今、
- 梶本
- たぶん身体のなかにまだ薬物が残ってるんだと思う、
- 川口
- え、
- 梶本
- だからまだ大丈夫、
- 川口
- マスクもなしで、
- 梶本
- なしで、
- 川口
- だって今日とかもはや花粉見えたよ?
- 梶本
- 花粉が?
- 川口
- 花粉が、
- 梶本
- 見えた?
- 川口
- 見えた見えた、部屋の中でくしゃみしたもん、
- 梶本
- 見て?
- 川口
- 見てるだけでくしゃみでた、
- 梶本
- すご、
- 川口
- 黄色い粉が街中をうようよ、
- 梶本
- うようよ、
- 川口
- あんじゃん、杉が大量に花粉ばらまく映像、あれみたいな、
- 梶本
- あんなに?
- 川口
- あれまじで見てるだけで具合悪くなるよな、
- 梶本
- ちょっと、
- 川口
- え、
- 梶本
- 想像に薬物が負けそう、
- 川口
- 想像に、
- 梶本
- 負けそう、
- 梶本
- でないけど、
- 川口
- 薬物の勝ちだ、
- 梶本
- 強力だ、
- 梶本
- ピラフ終わったの?
- 川口
- あ、やべ、
- 川口
- 〈でもまだ喋ってる〉おあぁー、
- 梶本
- なに、
- 川口
- 西村くん帰ってこれないかもって、
- 梶本
- マジ?
- 川口
- 雪ー、
- 梶本
- え、雪?(よくわからない)
- 川口
- すげー、
やや間。
炊飯器をセットする音が聞こえる。
川口戻ってくる。
- 川口
- できた、
- 梶本
- わ、すげえ雪、
- 川口
- ね、
- 梶本
- これなに、どこ?
- 川口
- 浜名湖サービスエリアだって、
- 梶本
- うそ、これ静岡?
- 川口
- そうそう、
- 梶本
- 雪、
- 川口
- すごいよね、車全然動かないらしい、
- 梶本
- こっち全然なのに、
- 川口
- ね、遅くなりそうって、
- 梶本
- あらまあ、
- 川口
- あ、
- 川口
- 飲む、
- 梶本
- 飲も飲も、
- 川口
- ビール切れてんね、
- 梶本
- 冷えてないの無いの?
- 川口
- ないよ、
- 梶本
- そか、
- 川口
- あとなんか一升瓶で日本酒が、
- 梶本
- 三重のやつだ、
- 川口
- え、あれまだあんの?
- 梶本
- わたしが飲まないからな、
- 川口
- わたしもあんまり日本酒は、
- 梶本
- そうよね、
- 川口
- 結構前?
- 梶本
- 半年前?
- 川口
- 大家さん持ってきてくれたんだっけ、
- 梶本
- や、(そ)の、娘の、なんだっけ、
- 川口
- え、なんだっけ、
- 梶本
- ……名前忘れちゃった、
- 川口
- え(かじもっちゃん)初対面?
- 梶本
- うん、
- 川口
- かじもっちゃんでも、
- 梶本
- だって大家さんがここ一緒に住んでたのってすごい前だよ、
- 川口
- そか、
- 梶本
- ひかりだけが知ってる、
- 川口
- うむ、
- 梶本
- だから(玄関)開けたら、知らないおばさんが「ひかりちゃんいる?」って、感じだった、
- 川口
- いなかったんだっけ、
- 梶本
- うん、
- 梶本
- びびったわ、
- 川口
- 赤福美味かったな、
- 梶本
- そうな、
- 梶本
- 「すみません、あのこれ」って〈一升瓶を持つ動きで〉、
- 川口
- なになに、
- 梶本
- やるから、
- 川口
- なに、〈受け取る動きをして〉(これは)赤福?
- 梶本
- 〈反対の手を出して〉こっちが赤福で、こっちは一升瓶で、
- 川口
- 〈受け取って〉ああ、玄関で、
- 梶本
- 「あ、もうほんとうに、お茶とか結構ですから、ここで、」
- 川口
- 「ありがとうございます」
- 梶本
- 「すいません、手短に」
- 川口
- 誰だこの人って思いながら、
- 梶本
- わたし?
- 川口
- わたし、
- 梶本
- や、もうこの時は言ってたよ「大家の、達夫の娘です」って、
- 川口
- あ、そう、
- 川口
- たつじいな、
- 梶本
- たつじい、ひかりが言ってたね、
- 川口
- たつじい、
- 梶本
- 「すいません、手短にしますんで、」
- 川口
- まあでも、ひかりが高校卒業するまではこの家をこのままにしておこうって言うのはなるほどなって思った、
- 梶本
- え、
- 川口
- 親心的な?
- 梶本
- 親心、
- 川口
- 大家心か?
- 梶本
- 大家心、
- 川口
- わかんないけど、的なことを感じたよ、「ひかりが高校卒業するまでこの家は」っていうのは、
- 梶本
- 「急なお知らせになってしまって申し訳ないんだけど、父はずっとうるさくそう言ってたもんですから。[川口 うん]いや、父はまだはい、元気ですよ。もう足腰があれで、歩けませんけれど、意志は、言葉もはっきりわりと歳の割には、口だけがたってねえ、だめです」
- 川口
- 「はあ」
- 梶本
- 「ああ、すみません、だから今のうちに売りに出してしまいたいんですね、御存知の通り私は三重ですし弟も頼りないもんですから、この家を相続するのはちょっと現実的じゃないかなとはこちらの間ではなってまして。」
- 川口
- 「はい」
- 梶本
- 「それで、今年はちょうど母の十三回忌でもあるので、ちょうどいいということで、土地ごと売ろうと思っているんです」
- 川口
- 「そうですか」
- 梶本
- 「だから本当に申し訳ないんですけど、その、急ぎというわけではないんですけど、みなさまに退去していただけたらと思いまして、その申し出に参りました」
- 川口
- 「ああ」
- 梶本
- 「すいません、あの、お茶とか大丈夫ですんで」
- 川口
- 矢継ぎ早に、
- 梶本
- 矢継ぎ早に、
- 川口
- うん、
- 梶本
- こっち何も言ってないのに、仮に相続するとの金額とか言ってきて、
- 梶本
- 大丈夫っすよ、こっちは退去するから、
- 川口
- って思ってた、
- 梶本
- うん、別の場所探すんで、
- 川口
- そんなに言わなくても、
- 梶本
- そうそう、
- 川口
- いくつよ、大家さん、
- 梶本
- 会ったことないけど戦前の生まれって、
- 川口
- えー、
- 梶本
- 中学で志願で兵隊にって
- 川口
- 戦争のとき、
- 梶本
- そうそう、
- 川口
- へー、
- 梶本
- だから90超えてんじゃない?
- ひかり
- ただいまー、
- 川口
- あら、
- 川口
- 〈つぶやく〉そりゃ(娘さんも)急ぐわ、
- 梶本
- おかえり、
- ひかり
- ただいまー、
- 川口
- おかえりー、
- ひかり
- あ、もう飲んでる、
- ひかり
- 洗う洗う、
- 川口
- 〈ひかりに〉朋美さん母さん度高いな、
- ひかり
- でしょ〈と洗面所へ〉、
- 梶本
- なんか怒ってる?
- 町田
- 朋美さん?
- 梶本
- そうそう、
- 町田
- ちょっとねー、
- ひかり
- もう飲んでるの、
- 梶本
- いいでしょ、
- ひかり
- いいねえ、
- 梶本
- 飲む?
- ひかり
- え、飲もかな、
- 川口
- え、
- 梶本
- いいしょ、今日くらい、
- ひかり
- 友達ん家で飲んだことあるある、
- 川口
- いけた?
- ひかり
- うん、全然、
- 梶本
- じゃ、
- 朋美
- (ぶっきらぼうに)ひかりこれ、
- ひかり
- ありがとう、
- 朋美
- 〈テーブルの上のビールを認め〉なに、もう飲んでんの?
- 川口
- 飲んでるよ、
- 朋美
- いいなあ、
- 川口
- なんか怒ってる?
- 朋美
- や、怒ってないけどさ、
- 川口
- なんかカリカリしてるよ、
- 朋美
- 違う違う、
- 梶本
- 〈入ってきて〉ビールないや、
- 川口
- あ、そうじゃん、
- 梶本
- 〈朋美に〉買ってきてないっすよね?
- 朋美
- えー買ってないよ、
- 梶本
- そうすよね、
- 朋美
- お酒ないなんて思わないもん、
- 梶本
- 買ってきますわ、
- 朋美
- 麦茶、とりあえず飲みたい、
- 梶本
- わたし(やるの?)
- 町田
- 〈朋美とひかりに確認しながら〉3つ、
- 梶本
- はいはい、
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